アルティメットを始める君へ(7)

アルティメットを始める君へ(7)

 

決勝

 

岐阜県木曽三川公園で開催された1991年全日本アルティメット&ガッツ選手権大会へ向かうぼくたちは青春18切符を使って電車に乗っていた。

 

途中左側に見えた海に感動したがいつしか夢の中へ引き込まれていった。電車での長旅は好きだ。景色を堪能できる上、その土地の人柄が乗り込んできては降りていく。服装や言葉遣い、振る舞いなど見ていて非常に面白い。

 

東京という街が人を惹き付けるのは世界中の人たちが集まり、文化の違いがあるからこそなのかもしれない。自然という対象に目を向ければ、多様性ということになるだろうか。様々な種の複雑な関係性が自然という大きなバランスを保っているのだろう。

 

食物連鎖や生態系ピラミッドから外れてしまったぼくたち人間は、自然という大きなバランスを意識や行動、文化といった人間独自の方法で保たなくてはならない。経済という一面だけで自然と向き合った結果、ドードー鳥や日本カワウソのような悲劇を生む。

 

ドードー鳥や日本カワウソがいなくなったからといって特段何が変わるわけではないと感じるかもしれないが、1つの種が育んできた歴史が亡くなると思えばやはり簡単には片付けられない問題になる。ドードー鳥や日本カワウソが大きなバランスを保っていた自然の要石だったかもしれないと気づくのは廃墟となった自然を目の当たりにしてからだろうか。

 

夢から覚めると、チームのみんなはいそいそと降りる準備をしていた。木曽三川公園。川沿いに沿ってコートが作られていた。正確な数は覚えていないが10コート以上はあったのだろう。コートの長い辺は100m。単純に見積もっても、端から端まで1km以上ある!ぼくがいたチームは順調に決勝へと進んでいた。

 

一番下っ端の立場のぼくは試合が終わって帰ってくる別のチームで闘っていた同級生たちの試合ごとに成長してくる表情を羨ましく思った。自分たちで何かをつかみ取っている感じがしたのだ。そのことを同級生に話すとうぬぼれるなと一喝された。同級生たちは皆oneに入りたくて一生懸命練習してきたのだった。ぼくはより一層1つ1つのことに一生懸命励むようになった。

 

決勝戦。ただただ、ディフェンスについた相手に翻弄された。敗戦後、サイドスローを教わった4年生と河川敷の土手で長い間話していたことは鮮明に覚えている。彼がこれまで培ってきたこと、決勝のこと、これからのこと。ぼくは大きな想いを託された。この想いは今も胸に刻まれていて、東北リーグを始めるきっかけになったことは間違いない。

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